© DAIICHI ANO

同志社京田辺会堂

教育関連施設
京都、日本
1,515㎡

PROJECT DESCRIPTION

2つの敷地に建つ1つの建物

礼拝堂と新島襄関連資料展示室が主用途の同志社京田辺会堂は、幅員6mの構内通路で分断された2つの敷地に設計する事が要求される。分棟なのに一体活用。コンペ要項を読んでも、敷地の与条件と建物の一体的に活用されるイメージがどうも合わない。2つの敷地に2つの建物があるだけでは何故ダメなのか。1つの建物になる事が何故そんなに重要なのか…。我々の提案は、これらの疑問の根底にある、「同志社大学にとっての意味」を引き出す事を意図している。

- 一体化の意味 -
大学の教育理念には「キリスト教主義」「自由主義」「国際主義」がある。この理念を基に創立された同志社大学の歴史を紐解くと、一人の人間の一歩が大きな役割を果たしている事がわかる。国の将来を憂い新しい人材の育成を目指した新島襄は、自らの信念をもって、鎖国時代の太平洋を越えてアメリカで「キリスト教主義」に出会う。礼拝堂(キリスト教主義)、新島襄関連資料展示室(自由主義)は彼の行動の象徴であるが、それぞれの理念は、単独ではその意味以上の広がりをみせる事はない。1つの理念がもう1つの理念に触れる事で、2つの理念は互いの意味を深め合う。互いの存在が他方の価値を高める相互補完関係になった時、これらの2つの建物は「同志社大学にとって意味」を持つ。

- 一体化の手法 -
それぞれの諸室が正対し、新島襄の海(国際主義)と名付けた池がそれらをつなぐ平面構成にすることで、礼拝堂にいると新島襄がこの大学の設立に込めた思いに自然と意識がいき、新島襄関連資料展示室にいると、彼が礼拝堂を必要とした理由に興味がわく。互いの諸室は最大38m離れているが、その距離以下に互いの存在を身近に感じるように、長手方向の壁には一切開口部を設けていない。室内からは、短手方向の大開口部を通して反対側の建物しか見えなくする事で、視線の動きは否が応でも、反対側の建物の方に強制される。さらに、2.6m間隔で列柱を配置し、内部仕上げを屋内から屋外へと連続させることで、その視線の動きをさらに反対側の部屋へと誘う。そして、両棟に配置された新島襄の海は、水辺空間の連続性によって構内通路の存在を希薄にする。

届きそうで届かない。その足りないものに橋を架けるのは、人の意志や意識である。新島襄は教育を通してこの重要性を伝えたかったのではないだろうか。だから我々は、この見えない橋を架けてみたくなる、そんな人の気持ちを刺激する建築を設計してみたいと思った。人の意志や意識の中で2つの建物が1つに昇華した時、同志社大学で学ぶ理念がより鮮明になってくるはずである。